終わらない明日へ。自転車ができる、その前の話。

自転車の仕事をするようになって、ずいぶん長い時間が経った。
自転車を組み、直して、乗って、レースをして、目まぐるしく日々が過ぎていく。たくさんの自転車を見てきたし、たくさんの人が自転車に乗り始めるところも見てきた。反対に、自転車から離れていく人も見てきた。

機材も随分変わった。クロモリ、アルミ、カーボンといった素材の話だけではない。リムブレーキからディスクブレーキへ。ワイヤーで動いていた変速機は、いつの間にかワイヤレスで動くようになった。
そんな変化の中に長くいると、時々、自転車そのものよりも、その周りに流れている時間のほうが気になってきた。

僕が組んだ自転車を誰かが買い、その人がどこかへ走りに行く。
数年後、別の自転車に乗り換えるかもしれない。あるいは、その自転車を誰かに譲るかもしれない。僕には、その続きを全部見ることはできない。
でも、自転車はその人の生活、あるいは人生のどこかに残っていく。

僕ら一人ひとりが持っている時間は、それほど長くない。
自分では長いと思っていた20年も、振り返ってみればあっという間だった。そして、この先の20年もきっと同じだと思う。
人は歳を重ねる。年齢が変われば考え方や体調も変わるし、仕事が変われば生活も変わる。街だって同じで、気づけば知らない景色になっている。
新しいお店ができたと思えば、好きだった店がなくなることもある。昨日まで当たり前だったものが、突然なくなることは珍しいことではない。

それでも、世界は何事もなかったように次の日を迎えつづけている。
新しい一日というのは全く別物のように感じることもあれば、大体は今日の続きとして明日がやってくる。そして、その明日の向こうにも、また明日がある。
過ぎ去った過去は少し寂しいようでもあり、でも同時に、日々が続いていくということは、とても救いのあることだと思える。現在進行形で絶望を抱えている人にとってはそう思えない時もあるかもしれないが、自転車を漕いでその絶望を振り切って欲しい。

将来、もし自分がいなくなっても、世界は続いていく。その続いていく世界に、何を残せるのだろう。そんなことを、いつの頃からか考えるようになった。
偉業を成し遂げられるとは思っていないけど、誰かの中にちょっとした影響を残せたらいいなとは常々思っている。

行動が少し遅かっただろうか。でも、今の自分だからできると思えた。自分の経験や人脈が、「できる」という気持ちに繋がった。ようやく、自転車をつくってみたいと思った。

正確には、自転車そのものをつくることだけが目的ではない。
僕がつくった自転車に誰かが乗る。
その人が走る。
楽しかったと感じる。
また次の週にも乗る。
仲間を誘う。
少し遠くまで行ってみる。
そんな小さな出来事の連鎖。
自分が作りあげた自転車から、自分の知らない物語が生まれていってくれたら面白い。

世界一速い自転車をつくりたいわけじゃない。誰かに褒められたくてやっているわけでもない。
自転車を楽しむ人がいて、その楽しさがまた多くの誰かへ繋がっていって欲しいという願いを形にするためのツール。

「BOUND CYCLES」

どこまでできるかはわからない。でも、僕の手を離れた後でも、流れを繋いでいってくれるブランドになったら嬉しいなと思っている。


BOUNDという言葉には、「向かう」という意味がある。

どこへ向かうのかは、人それぞれでいい。

レースに向かう人。

知らない街へ向かう人。

いつもの峠へ向かう人。

コーヒーを飲みに行くだけの日だってある。

目的地なんてなくてもいいのかもしれない。

ただ、どこかへ向かおうとする人がいる限り、自転車は続いていく。

僕ら一人ひとりの時間は短い。

でも、自転車のある風景は、この先もきっと続いていく。

終わらない明日を、少しだけ後押ししてみたい。

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