シャカリキ!第1巻 曽田正人

この作品が無ければ自分が「自転車」の世界を選ぶことはなかった。

難しい理由も建て前もない、シンプルなモチベーション。読んだことのない若いサイクリストも多いので、紹介も兼ねて気まぐれで振り返ってみる。

人間は善も悪も知らない真っさらな状態で生まれてきて、日々を送りながら周囲の人間や芸術、音楽、とにかく全てのことに少しずつ影響されて人間が構築されていく。やっぱりその影響を1番大きく与えるのは家族だろう。学校に通うようになり、親の手を離れ自分だけのコミュニティが出来上がりはじめ、自分だけの道を歩み始める。

その中で「自転車」という乗り物は子供にとって行動を広げてくれるスペシャルなアイテムとなる。友達も持っていれば一緒に遊びに出かけるためのマストアイテムだ。

capetaなどを描いている曽田正人氏の「シャカリキ!」は、その自転車という非日常の世界の熱さと儚さを伝えてくれる。現代なら「弱虫ペダル」、少し前なら「オーバードライブ」と学生目線の自転車レースの漫画があるが、その更に先駆けとなった漫画はこれなのだ。僕は中学校の図書館でシャカリキに初めて触れ、高校生の時に古本屋巡りにはまっていた時に思い出し、初めて通して読んだ。

なかなか買ってもらう事が叶わなかった念願の自転車をついに買ってもらえたテル(主人公)なのだが、坂ばかりの町へと引越しとなってしまった。町にも学校にも自転車に乗る人は少ない町へ。1人で自転車に乗るテルの遊び相手は”坂”となる。

「坂を足をつかずに上まで登り切る」そんなことが評価されるのはやっぱり小学生ならでは。しんどいから無理、楽したい。そう思う人たちが一生辿り着くことのない達成感という快楽はそこに詰まっている。

スポーツに限らず、ビジネスでも何でも上の高い世界まで辿り着く人たちは総じて”負けず嫌い”なように思う。理想が高いというか、とにかく負けたくないし何かを達成したい。そんな気持ちが強い人たちはハングリー精神の塊なので周囲を上回る努力を怠らない。それをほぼ無意識のように出来る人がとんでもないところへと辿り着くような気がする。

例外もあるだろうが、その道の天才と呼ばれる人たちも万能ではない。自分の道以外の部分では並以下なこともある。興味がないことにはやる気が湧かないという状態。(意識高いことを言うのであれば、自分が何にでも興味を持つスタンスを取れば活気ある生活を送れるだろう)

興味のない事とは対照的に、興味のあることとなると別人のように力を発揮する。理由はそれぞれだが、好きだから、楽しいから、刺激的だからといった感情が人を走らせてくれるように思う。

周囲の存在がその人に干渉し、その人の人間性を構築していくと冒頭で書いたように、坂ばかりの町で自転車に乗るテルも町のちょっとした注目の存在になっていった。知らない子供たちにも注目され、ちょっとした憧れの存在となる。その子供たちの「坂やったら誰にも負けへんのや!」という言葉がテルを更に坂へとのめり込ませていくことになる。

小さな町の小さなヒーローは別の街から来たユタに得意の坂で敗北を喫してしまう。自分のアイデンティティとなり始めていた「坂だったら誰にも負けない」という気持ちがテルにスイッチを入れ、興味のなかった進学(受験勉強)へと駆り立てることとなる。負けず嫌いの本領発揮だ。

テルを坂で負かした”ユタ”もテルと同じく「平坦のスピードなら誰にも負けない」というこだわりの強い人間で、中学生にもかかわらず高校生を置いてけぼりにする程の才能を見せる。

坂でも平坦でも、自分の「好き」を明確に信じることのできる人たちはそれを伸ばしていく。努力しているという意識もなく努力できる。それが好きという力の最たる部分のように思う。

(何故か街中に坂のある)関西から、ユタがいると思われる横浜の高校まで乗り込み自転車部の練習会を襲撃するテル。わざわざリベンジを果たすためだけにご苦労なことだが、好きなことにのめり込んでいる人は盲目と呼ばれる一面だ。

テルとユタの直接対決がどうなるのか、2巻へと続く。

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シャカリキ!〔ワイド〕(1)

紹介したのは単行本(全18巻)の1巻で、現在手に入るのはワイド版(全7巻)となっています。