Rapha Prestige 新城

「ラファプレーステージ新城」にSAUCE DEVELOPMENTチームで参加した。

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靴紐を結ぶ時、気持ちも少し引き締まる。それと同じように、チームジャージに袖を通す時は格別に気が引き締まる。練習着とは異なるウェアからは「これは練習ではない」と強烈に意識させられる。それは学生の時にサッカーをやっていた時から変わらない。スターティングメンバーの11人と控え選手9名を合わせた計20名に選ばれた選手にしか与えられないチームウェアであれば尚更。それが与えられた時、使い回されくたびれていても特別感を感じずにはいられない。

SAUCE DEVELOPMENTチームは基本的にはJBCFを走るためのチームだから、このジャージを着る機会は限られている。この年に限っていえば10回着たかどうかも怪しいところだ。ラファプレステージがかつてジェントルマンズレースという名であった頃から興味は抱いていたものの、自分とはあまり縁のないものかなとも思っていた。それを覆すようにチーム内から「参加したい」という声があがり、今まで何度か見送ったが今回初めてエントリーに至った。

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ジェントルマンズレースの時はまだ速さを競った側面もあったように思っていたが、プレステージになってからは「制限時間の間にどれだけ充足したライドを楽しめるか」といった方向性にシフトしてきているような気がする。スタートの時にスタッフのモトジさんが「時間はたっぷりあるので目一杯楽しんで」と言った一言が印象的だった。そうは耳に入れつつも「サクっとクリアしてやるぜ」という自分もいた。そして横一列でスタート場所に並ぶ。倉田が「みんなで一緒に行こうな」と繰り返し言っていた記憶があるのだが、スタートした瞬間にスタートアタックをしたのは倉田だった。オイ!

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矢野さんのInstagramより

明るくなり始める空。最初の方のスタートだったチームの人たちは真っ暗な中でのスタートだったが、最終組でエントリーされていた僕らはちょうど明るくなる頃合いだった。寒さもかなりマシで助かった。スタートから快調に飛ばす倉田の背中を見ながら、「まだ先は長いで」と思いながらもワクワク感は止まらなかった。

prestigeが終わってから数ヶ月あとの話。年末に東京の盆栽自転車に顔を出してオーナーの吉田さんと自転車屋としての苦労話や、いちサイクリストとしての世界観の話のようなことまで話したように覚えている。滞在時間は短くもなかったのだが、あっという間に時間は過ぎた。彼とは近すぎず遠すぎない世界観を持っている仲だと個人的には思っていて、彼と話しているのはとても楽しい時間だった。その中でグループライドの話題になった時に「グループライドって呑み会みたいですよね」と言うと彼から共感してもらえて嬉しく思ったことが個人的なハイライトだった。

日昇から日没までの約半日間、自転車に跨りながら共に過ごすチームの仲間たち。トラブルも含めて予想の数倍ハードになったプレステージ新城だったが、終始笑いの絶えないライドであったことはメンバーのおかげに他ならない。倉田と淡井のお笑いコンビはライドの時も飲み会の時も最高のムードメーカーだ。飲み会の時の盛り上げは大体この2人によるものが大きい。レースで目立った成績を出せたわけではないが、チームにこういう存在がいることは思っている以上に大事だ。

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走り始めは当然快調なのはどのチームも同じだろう。例に漏れずウチのチームも快調に走り出した。しかしながら淡井が序盤の苔で落車してしまうというトラブルに見舞われる。その転び方があまりにもコミカルだったので皆で笑い者にしていたのだが、その数キロあとに僕もスリップダウンして倉田と有益さんを巻き込み落車してしまう。チーム内の5名中4名が落車するという珍事。バイクはエンドが曲がったりブラケットが曲がったりというまぁまぁダメージを食らった状況だったものの、自転車屋として皆のバイクはある程度補修し再び皆で走り始めた。自分は落車した時に手をついたことで手首を負傷してしまい、手首を動かすことが困難に感じるほど痛んだのだが、ブラケットポジションでハンドルを握っていればかろうじて痛みは感じにくかったので走り続けることができた。

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ミスコースというポカもしつつ、落車以降は皆真面目に淡々と走っていった。しかし、アップダウンや慣れないオフロードはそれなりの疲労を与えていった。落車の影響かただのトレーニング不足か原因は定かではないが、徐々にメンバーの表情には疲労が現れ始める。正直な話、まだ半分くらいの地点でそこそこ疲れていたような記憶がある。僕も周りのメンバーをフォローできるほどの余裕もあまりないし、終盤の方まで快調に走っていた淡井も最後はハンガーノックになって呂律がハッキリしなくなっていた。

普通ならその辛い状況から逃げたいと思うのかもしれない。当然、僕自身も早くゴールして終わらせたいという気持ちはどんどん大きくなった。だとしてもリタイアして逃げ出したいという感情は微塵もない。それは何故だろう。今までのレースやトレーニングなどの経験から、苦痛の先に待っている達成感や開放感を知っているからだろうか。

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自転車に乗り始めた10代の頃は若いだけあって色々なフラストレーションがあり、それを発散するように、何かから逃げ出すように自転車を夢中で漕いだ。夜の23時に家を飛び出し、夜な夜な体力が許す限り自転車を漕ぎ、東京都を横断して深夜の高尾山を上り、明け方に家へと帰ってきて眠るなんてこともあった。今ではやろうとも思わないが、当時はそれだけ反骨心やフラストレーションに溢れていて、色々なアクティビティの中で自転車がそれを完全なまでに解放してくれた。

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Rapha Prestige、楽しかったとか簡単だったとか感想は人それぞれ聞いた。ガチ走りで最速タイムを目指した人たちもいた。フォトジェニックにこだわった人たちもいた。同じコースを走っているはずなのに楽しみ方は千差万別で、そこに人としての個性が現れているように思う。僕らの個性はこうだったとうまく表現することは難しいが、このチームメイトで良かったと思えたRapha Prestigeだった。体力的にもタイム的にもここまで追い詰められた状況になるとは思いもよらず、満身創痍になったとて機嫌を損ねてイライラを振りまくメンバーもおらず、最後まで冷静さを保ちながらもゴールを目指す情熱を持って走り切ったこの1日はすごく満たされた日になった。

Raphaの用意した何かの賞を得ることもなかったが、僕はこの中で1番楽しんだのは自分たちではないかと思わせるだけの何かがあった。それは比較するべきものでも比較できるものでもないし、自分たちだけが持つ特別な感情だと思う。Rapha Prestigeには1人で走ることとは違う、仲間で走ることの難しさと喜びが詰まっていた。

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