采配

スポーツのローカルチームにせよ、学生の部活動にせよ、仕事における会社、あるいはプロのチームであったとしても本当の意味での采配ができる人はどれだけいるのだろう。采配ができる能力がありつつ、采配が行える立場にいなければいけない。それら条件をクリアしなければ実現されることはない。

はじまり

運動は得意とは呼べないし何よりも走るのが遅かった小学生時代。サッカー、バスケ、野球、運動ができる人たちは同級生の自分たちの目からしてもヒーロー的存在だった。そうではない運動が得意ではない人たちは塾に通い、勉強に精を出していた。しかし、僕の生活にはどちらも無かった。得意なことが何もない大多数の庶民の1人だった。

体育のバスケットの授業。クラスの中でチーム分けが行われる。当然、運動能力が高い子の取り合いが行われる。確か4チームくらいで分かれて、クラスの中でも取り分け運動神経の良い4名がキャプテンとなり、じゃんけんで決めた順番でチームメイトを指名し獲得していく。順番に選んでいくので特に不平等ということもない。

1順目、2順目と運動ができる人たちが指名されていく。自分はいつ指名してもらえるのだろうかとそわそわしながら、そして中々選ばれないことからくる僕自身の運動能力の低さの評価を実感させられる。そしてついに「シンゴ!」と指名が入った。指名してくれたのは僕がクラスメイトで最も憧れの存在であったカイ君である。

彼はサッカークラブに所属していて、背も高く足も当然速い。そして私立中学へと進学していった程に勉強もできた。文武両道で、漫画の中のような存在だった。後に彼から古くなった26インチの自転車を貰ったこともあって、嬉しくて意味わからんぐらい乗り回した。

彼は自身が運動ができるだけでなく、人のことを理解することに長けていたのかもしれない。他のスポーツ系の人に比べ、底から感じさせる優しさがあったように思う。そして僕のような「何の取り柄のない人間でも活躍の場がある」ということを強く実感させた初めての人間である。普通の采配であれば、能力のある人間のパワーに頼り、ただ並べただけで采配とはお世辞にも言えないものが大概である。ましてや小学生なのだから、バスケにおいて背が高い人や足の速い人を優先的に選んでいくのが王道だろう。小学生時点の僕は僕は背の順で低い方から2〜3番目と低く、50m走も9〜10秒程度で足も遅かったのだ。

彼の采配

バスケのルール的にはダメだったかもしれないが、その時は特に誰からの批判もなくカイ君の作戦は受け入れられ、勝利を量産した(どれぐらいかは覚えてないが、たくさん勝った記憶だけある)。

僕が普通にバスケをしても分が悪いのは僕自身の目からしても明らかだった。そこで彼は僕に「ゴールの下にいろ。パスをするから、ゴールを決めるだけでいい。」と見たこともない作戦を提案した。5名対5名のところを僕がゴール下にいる影響で4対5でゲームを運ぶことになったが、彼はその優秀な能力も活かして僕にたくさんのロングパスを通した。そして完全フリーの僕はゴールを量産してチームに貢献することができた。

ここまでならば、ただ勝って嬉しいという話。もう少しだけ踏み込んで考えてみたい。

彼は僕にゴールを決める役割を与えた。それは単調で人によっては面白くないものかもしれない。僕自身はシュートを当たり前に決めれるような技術はなかったし、1度ゴールを外せば敵チームも皆ゴール下まで集まってくる。ロングパスからのシュート1本の決定率が僕らの勝負を左右させた。僕はゴールさえ決めればよくて、空いた時間にはゴール下でシュートを決める練習に専念することができた。しかも彼のアドバイスを受けながら。

おかげで反復練習は功を制しシュートの決定率は格段に上がっていった。凡才は反復して身体に染み込ませることでようやく秀才たちと張り合うことが出来るようになる。しかしながら全ての能力を同時に伸ばすことは難しく、その中で彼はシュートの決定率を上げることがそれほど困難ではないことを見抜き、僕を采配した。

役に立たないと思っていた自分であったが、僕でも役に立つことが出来たことがとにかく嬉しかった。人間は扱い方、采配ひとつで大きくその価値を変えるのだと実感した最初の体験だった。

中学編へと続く

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